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働くかもわからん。

働きたくないのです。

ブラックミュージックの逆襲

こんばんは。前巛K屋です。

 

二日前はライブを終えて、疲れ果てて帰宅いたしました。チャリで会場入りしては疲労半端なないので、皆さんやめましょう。ライブは様々バンドがおりとても楽しかったです。僕は久々にライブ中にうわー!となってしまい演奏放棄してしまいました。いやぁ、お恥ずかしい。ベースを折らなかっただけ褒めておくれ。

 

 ライブの話もそこそこに、こんな記事を拝見しました。

jp.vice.com

いたく感動した反面、一抹の危機感を覚えました。

 

その危機感とは、我々はブラックミュージックを舐めていた、甘く見ているのではないかという危機感。危機感とは言いすぎではないのかとも思いましたが、あてはまる言葉がこれしかなかったと思います。

 

記事でもあったように、ドリル・ミュージックは殺人をテーマに歌詞が構成されています。ストリートの現状を彼らは歌詞にして、ラップで伝える。そして、その曲が米国内を飛び越えヒットする。言い方は悪いけど、殺人をテーマにした曲が売れる。

 

この状況が果たして日本ではあり得るのだろうか。答えは、ノーだと思います。

 

チーフ・キーフのデビューアルバム『Finally Rich』がビルボードチャートで29位を記録する中、日本では相変わらず、愛だとか恋だとかの歌が相変わらず牛耳っているような状況。このような状況で、負の部分をテーマにした曲が売れるのだろうか。無理だと思います。負をテーマにした曲を出したとしても、一部のリスナーはキャッチすると思いますが、ほとんどの場合、誰も見向きもしないでしょう。それだけ日本は負の部分に無関心だというか、危機感を感じないというか。

 

彼らと私たちの環境が違うから、受け取り方が違うのも当然だ!という意見が聞こえてきそうですが、それはもう平和ボケしすぎているのではないのかと思います。ストリートで日常的に起こっている犯罪が彼らのリアルであるなら、私たちの日本人のリアルはなんなのでしょうか。誰と誰が恋をして誰と誰が失恋しただとか、幸せになろうだとかが私たちのリアルなのでしょうか。

 

このような事例はヒップホップだけではなく、レゲエや他の音楽にもみられます。いくら彼らが「平等の権利を!」と叫んだところで無視を決め込む。一部のリスナーはそれに呼応しますが、ほとんどの人々はスルー。これブラックミュージックを甘く見ているのではなく、音楽を甘く見ているのではないだろうかと疑問を持ってしまうほどひどいと思います。

 

こういった平和ボケ的な感覚にガツンと一撃与え続けているブラックミュージック。しかし、それを無視する日本人。このような状況はいつまで続くのでしょうか。